hutaridehitoriの日記

もののケのしおりさんの話と自分の理解

周りが同じ姿だったら

ふと思った。周りが同じな姿だったら?
差を求めるだろうか?

求めない、と思った。
この種類と決まっていたなら(例えばひまわりならひまわりとして)、何もそこに思わない。

それでも、自意識を捨てることに恐怖心や躊躇が起こるのは、先が見えないから(読めない)だろうか。人を辞めることになるから?

なんとなく、最近は、アマナカムナ世界は、個人が意識を持たず木になるような感じに思う。
自然なら何でもいいのだけど(なんにでもなれるという意味ではなくて)、落ちて押し上げるを全うするものになるのだろう。そこに自分の意思はあると思う。

感情に基づく思考はなくなっても、人間でいたときの周りから移り変わらされる焦りやその落ち着かなさがなくなるのは、求めていることと一致する気がする。

なにもかも本来は自分で行えるし決めれる。左右されないことは得難いように思う。

なんとなく、人間世界から心は離れていっているいま。

ひまわり組になったら?で考えていくと状態が想像しやすい。想像は予想だけれど、思い込んでいる執着を取りやすいような。
ただ人目線を極力入れないようにしないと。